Omoto denimからのお知らせ
2025/08/23
児島がジーンズの街になるまで part①
ご来店いただく多くの方がなぜ児島がジーンズの街になったのかをご質問いただきます。
それはなぜか!
綿、繊維とともに発展をしてきた児島の歴史に触れたいと思います。
本日は児島の歴史を学ぼう編になります。
(本日のブログには全くジーンズの話はでてきませんがご了承くださいませ 汗)
ここ児島は古事記にも記載のあるように古くは瀬戸内海に浮かぶ一つの島でした。
江戸時代に入ると国力増強を目的とした大規模な干拓により、本州と陸続きになったわけです。
干拓地であったこともあり、塩を含んだ土壌は米の栽培には向かず、塩分に強い綿花の栽培を始めたことから児島の今日につながる繊維の歴史が始まります。
温暖で雨の少ない気候は綿の生育に適していたこともあり、児島の綿はやがて日本を代表する高級品として名を馳せていきます。
江戸時代後期には刀の下げ緒などに使用されていた"真田紐"の生産を開始、
金毘羅宮と由加神社本宮の両方を参拝する"両参り"に来た旅人たちのお土産として大変な人気となります。
明治維新後の廃刀令により、真田紐の需要が減る中、ヨーロッパから輸入した動力ミシンを駆使し、"足袋の街"として人々の足元を支える一大産地として全国にその名をとどろかせていきます。
ところが、第一次世界大戦後。人々の生活様式が大きく変わり、洋装が一般化していく中で、
児島の一大産業である足袋産業はまたしても下火となっていきます。
次回は真田紐、足袋産業の隆盛と衰退をこの街がどのように乗り切るのか。
「ジーンズの街」と呼ばれるようになるのかをご紹介していきます。